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日本川紀行

終章 遡上を終えて

遡上を終えて

 前田が水工部在籍中の今から2年近く前、「CECの30周年を祝い我々(特に若者)に役立ち楽しめる、何か記念に残る事をやろう」と、水工部の古手有志で構想に着手し、遡上開始からでもおよそ1年を経、太田川遡上行は無事完了し、ようやく我々の30周年は終了した。

 最後の総括をして、この稿の結びとしたい。

(1)建設コンサルタント技術者として…原点へ…

  「建設コンサルタント技術者は現場が基本」 とは、常々言われる事である。この趣旨に沿い、現場見学や施工監理による現場体(経)験が、これまでも数多くなされたし今日も試みられてい る。卓見であり、今後我々がその精神を引き継ぎ実行しなければならないと思う。

 しかしながら我々は、これ以前に、自然を社会を街を、そこに暮らす人々の生活を知るのが原点と思う。自然の理にかない、風土に合い、 人に、環境に優しい合理的な計画・設計・施工を行うには、いかに効率的か(これも勿論大事だが)以前に、必要が発明の母であるように、 現場でその対象を理解し、磨かれた感性と対象への愛情を持ち続ける事が原点と思う。  自然を風土を人々を愛する事に始まり、その愛情の具現化こそが技術の原点というのが我々の思いであり、そうした思いの伝達の一手段が この遡上行と位置づけているが、その客観的評価はいずれ歴史が下してくれるだろう。

(2)CECの一員として…温故知新…

 社報の中ではほんの一部しか紹介出来なかっ たが、100km強の太田川を歩く中で、諸先輩の傑作や悪戦苦闘の跡を数多く見、誇りに思った。 勿論、土木の計画なり設計なり施設は歴史的産物でもあり、今日的視点では評価の分れる事象や作品も無くはない。それはそれで、人類の進歩と調和を求め各人努力するのが折々の技術者に求められる使命であろうから、反省すべきは反省して今後に生かす事で御礼に代えたいと考えている。

 この企画の参加メンバーは、水工部を中心にその親類筋の河川計画部やダム部ならびに昔の 発電水力屋が大部分であったが、かつて新入職員時のローテーションで水工部に1年間在籍し、現在業務では河川とあまり縁の無い若者からも多くの参加があった。業務処理や受注活動に連携の重要性が繰り返し説かれるが、理屈では無く、ローテーションやこうした催しの企画やそれへの参加による人間のつながりが、その大事な土壌である事は間違いないであろう。

(3)夢遁かに

 我々の仕事は、創造性と社会性のある面白いものである筈である。仕事に追われる日々は、その本来的喜びから我々を遠ざけているように見える。旧いと嘲笑されるだろうが、我々は我々の作品が世に人に喜ばれる事を秘かに喜びとするところがある。俺が考えた、造ったと、子々孫々に語りたいところがある。その原点は、自然と社会と人々へ注がれる愛情にあると思う。

 この企画が、後々そうした動機の一つになってもらいたいと強く思っている。

 5月1日のメーデーの帰途、出発点の平和公園の原爆慰霊碑に、遡上行の無事完遂を報告して自分達なりのこの企画の完了とした。

写真:太田川遡上行完遂(源流碑前で)

 我々のCEC30周年はこうして終ったが、今時こうした素朴な企画に数多くのメンバーが参加し1年近く継続した事に、「CECも未だ捨てたものではない」とほくそ笑んでいる。

 40周年そして50周年時には、出来れは今回参加の若者の企画で第2、第3の太田川遡上行がなされ、老いた我々も遅ればせながら邪魔にならないように、ついて行きたいものである。  その頃の太田川は、CECは、今回のメンバー達は、どのように変化し成長し得ているのだろうか。今から遥かに夢見るのである。  

(文中敬称略)
(組織名称、所属部署は当時のもの)