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日本川紀行

第5回 戸河内から立岩ダム

戸河内から立岩ダム(第5回、11月11日)

 太田川は今回からが上流域と言って良いと思われる。上流域は、加計で本川に合流する滝山川、戸河内で合流の三段峡を有する柴木川、本川の太田川で形成され、各々に中国電力の王泊・樽床・立岩の大ダムが在り、発電と上水および工業用水等の供給量調整に貢献している。滝山川では建設省温井ダムも工事中である。

 本川の建設省直轄区間は柴木川合流点までであり、こうした奥地まで直轄区間がある事も、太田川が、沿川に人口と資産が集中し、地域に密着した川である事を物語っている。

 今回から新たに、水工部の川本が農繁期を終えて、香川が「俺の縄張だ!」として各々参加し、総勢20名でJR戸河内駅を出発した。この日は午前中に社内関係者の葬儀があり、参列者を待って出発を12:30とし、秋色濃い中でつるべ落としの陽を追いかけ速足で約12kmを遡上した。

 今回コースは、発電施設が見学・研修の主対象となったが、恵まれた自然の活用と保存のあり方等にも考えさせられる点が多かった。

 主な状況は次のとおりであった。

打梨発電所

写真:今回は香川で水力発電そもそも(打梨発電所)

 中国電力では太田川最上流の発電所であり、前身の広島電気が1939年に社運を賭けて建設した、当時とすれば我が国を代表する(出力21、770kW)ダム水路式の発電所である。圧力トンネルの設計・施工には今日でも相当の神経を使うが、当時の調査・設計・施工技術での建設には大いなる決断を要した事は想像に難くない。

 この発電所は、当社創立早々に鉄管取替の設計を行なっているが、現在、建設60年弱を経て、水車・発電機の取替が検討されており、当社でそれを担当の香川から詳細な説明を受けた。

立岩ダム

写真:紅葉に映える立岩ダム

 当ダムは、打梨(発)の調整池として建設された重力式コンクリートダムで、建設当時は日本を代表する大ダムであった。建設には囚人が使われ、冬の寒い日に逃げ出してきた彼等を匿った、との地元古老の話を昔聞いた事がある。

 かつてこのダムの嵩上げが検討され、大規模な測量や堤体コンクリート試験および地質調査等をCECで行なった事があるが、最近ではダム洪水吐改造の検討等を当社で実施している。

 ダム地点からは、天然記念物押ヶ峠断層の表層部である、ケルンパットおよびコルが遠望され、昨今流行りの活断層談義で話が弾んだ。また、ダム直下流は発電取水により枯れ川となっており、河川のあり方をめぐり、紅葉の下で発電水力屋と河川屋の間で熱い議論が交わされた。

 今回は時間の制約が厳しく、約12kmを3時間半で「通り抜けた」感じであったが、終了後の秋の夕暮れの一時、戸河内駅近くでの熱燗一杯は、頑張った後だけにまた格別の昧がした。

(文中敬称略、続く
(組織名称、所属部署は当時のもの)