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日本川紀行

第2回 河戸から安野へ

河戸から安野へ(第2回、8月12日)

 第2回遡上は、盆前の8月12日に実施した。今回から水工部より林、河川計画部より高本と川本が加わり、広大から水工部への実習生の西田君(3年生)も、「河川を知れ」と半ば強制的に連れ出したが、業務の都合もあり、参加は前回同様15名で、JR可部駅に集合し出発した。

 太田川は今回からが中流域に当り、豊富な自然があふれてくる。今回の主な見学・研修の施設と状況は次のとおりであるが、道路・橋梁部の手になる安佐北大橋(新筒瀬橋)や安野トンネルも併わせて見学し、先輩・同僚の労作に技術者である事の喜びを味わった。  又、丁度盛夏であり(最高気温34.0℃)、安佐北大橋付近の柳瀬では裸になって川遊びを楽しんだ。こうした体験を積んでこそ、川を生かし守り共に生きる気持ちが育つのだと思われる。

(1)旧亀山発電所

写真:旧亀山発電所

(現太田川漁業協同組合事務所)

 明治45年完成の太田川最初の水力発電所で、太田川左岸にレトロな赤レンガ造りの建物が残り、太田川漁業協同組合の事務所として現在も活用されている。玄関には度々繰り返された太田川の洪水水位が示されており、平時には想像し難い水が流れる事が良く判ると共に、発電所位置としては適切で無い高さに建設された、当時の土木技術の限界が見られる。

(2)間野平発電所

 広島市の北のはずれ安佐町にある間野平発電所は、大正14年発電開始の旧発電所と、1959年再開発の新発電所からなっているが、1984年から1986にかけて、信井が旧発電所の水車・発電機取替の計画・設計・施工監理を担当した発電所である。時期的にはその少し前に、下流の太田川(発)及び上流の吉ヶ瀬(発)と共に、余水路安全対策(減勢工設置)の設計を現在の水工部で行なってもいる。

 最近の信井は河川担当だが、現場駐在当時の事務所跡地の木陰で涼をとりながら、発電水力を担当した若かりし頃の苦労話に熱が入った。

写真:信井よる水力発電そもそも

(間野平発電所)

 今回は真夏の暑さの中を約24km歩く強行軍となり、ソフトボール部で鍛えた広大生の西田君もバテ気味であったが、終点のJR安野駅では、一昨年12月から加計発電所の水車・発電機取替工事監理で加計に駐在中の岩田から冷たいビールの差し入れがあり、車座になりのどを潤しながら反省会をもち、次回以降の計画行程を見直す(楽にする)事とした。

 それにしてもこうした時のビールはやはり美味い。癖になりそうな予感がした。 

(文中敬称略、続く
(組織名称、所属部署は当時のもの)